エバークリーンと猫の歴史

みなさんこんにちは
本日はエバークリーンと猫の歴史というわけですので、エバークリーンと猫の歴史について説明していきたいと思います。


人間との歴史
新石器時代、中近東地域から農耕が広まり始め、穀物が保管されるようになるにつれて、ネズミが爆発的に増加したために、穀物庫の番人役としてネコが村の中で重宝されるようになったといわれる。
西洋
現在知られている世界最古のものとしては、キプロス島のシロウロカンボス遺跡(英語)にて約9,500年前(考古学でいう紀元前8千年紀中盤、地質学でいう完新世初期〈プレボリエール期;en〉)の墓から人骨とともに埋葬遺体として発見された1匹のネコの骨であり、新石器時代もしくは石器時代後期から人類がすでにネコをペットとして手なずけていたことを示唆している。このネコの骨は人骨が埋葬されていた場所からおよそ40cm離れた場所に埋葬されていたが、遺体の保存状況、位置関係などから、高位の人物が飼い猫を一緒に埋葬したものと考えられる。発掘されたネコが年齢およそ8ヶ月であることから、その人物が死亡した際、一緒に殺されて埋められたとも推測できる。さらには、キプロスの同遺跡においてネコが何らかの宗教的重要性を持つ存在であった可能性も示唆されている。遺体からは屠殺された形跡が見られないため、埋められていたネコはおそらく人間と同様に扱われていたと考えられるという。ただし、同時代の同地域の遺跡からは、人間がネコ科の動物を食用にしていた跡も発見されているという。
古代エジプトでは、ネコがライオンの代わりとして崇拝されていたし、バステト女神として神格化もされていた。そのため、敵側がネコの顔を自らの盾に描いてエジプト兵を追い払ったとも伝えられる。 また、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』によると、中世ヨーロッパでもネコは麦穂の精霊と同一視され、中国でも、獣偏に苗(正字体では「貓」)と書くように、稲穂の精霊とされていたという。ただし、漢の時代には「猫」の字はまだなく、人里近くで目にする犬猫程度の体格の四足獣全般を指す「狸」の字がネコに対しても当てられている。
江戸時代には、本物のネコが貴重であるため、ネズミを駆除するための呪具として、猫絵を描いて養蚕農家に売り歩く者もいた。新田氏宗家で交代寄合旗本であった岩松家では、岩松義寄から岩松俊純までの4代に渡って、ネズミ避けのため直筆の猫絵を下付しており、「猫絵の殿様」として知られていた[17]。絵に描かれたネコが古寺で大ネズミに襲われた主人の命を救う『猫寺』は、ネコの効用を説く猫絵師などが深く関わって流布した説話であると考えられている。ネコの穀物霊としての特質は時代を追って失われ、わずかに『今昔物語』「加賀国の蛇と蜈蚣(むかで)と争ふ島にいける人 蛇を助けて島に住みし話」における「猫の島」や、ネコが人々を病から救う薬師(くすし)になったと語る『猫薬師』に、その性格が見えるのみである。
日本
日本においてネコが考古学上の登場は、読売新聞(2008年06月22日)の記事によると、長崎県壱岐市勝本町弥生時代の遺跡カラカミ遺跡より出土された、紀元前1世紀の大腿骨など12点である。当時の壱岐にヤマネコがいた形跡がないことや現在のイエネコの骨格と酷似しているため断定された。文献に登場するのは、『日本霊異記』に、705年(慶雲2年)に豊前国(福岡県東部)の膳臣広国(かしわでのおみ ひろくに)が、死後、ネコに転生し、息子に飼われたとあるのが最初である[文献1 4]。
愛玩動物として飼われるようになったのは、『枕草子』や『源氏物語』にも登場する平安時代からとされ、宇多天皇の日記である『寛平御記』(889年〈寛平元年〉)2月6日条には、宇多天皇が父の光孝天皇より譲られた黒猫を飼っていた、という記述がある[文献1 4]。奈良時代頃に、経典などをネズミの害から守るためのネコが中国から輸入され、鎌倉時代には金沢文庫が、南宋から輸入したネコによって典籍をネズミから守っていたと伝えられている。『日本釋名』では、ネズミを好むの意でネコの名となったとされ、『本草和名』では、古名を「禰古末(ネコマ)」とすることから、「鼠子(ねこ=ネズミ)待ち」の略であるとも推定される。他の説として「ネコ」は眠りを好むことから「寝子」、また虎に似ていることから「如虎(にょこ)」が語源という解釈もある(言海)。このように、蓄えられた穀物や織物用の蚕を喰うネズミを駆除する益獣として古代から農家に親しまれていたとおぼしく、ヘビ、オオカミ、キツネなどとともに、豊穣や富のシンボルとして扱われていた。
ただし日本に伝来してから長きにわたってネコは貴重な愛玩動物扱いであり、鼠害防止の益獣としての使用は限定された。貴重なネコを失わないために首輪につないで飼っている家庭が多かったため、豊臣秀吉はわざわざネコをつなぐことを禁止した[いつ?]という逸話がある。ただしその禁令はかなりの効果があり、鼠害が激減したと言われる。
日本の平安時代には位階を授けられたネコもいた。『枕草子』第六段「上にさぶらふ御猫」によると、一条天皇と定子は非常な愛猫家で、愛猫に「命婦おとど」と名付け位階を与えていた。ある日このネコが翁丸というイヌに追いかけられ天皇の懐に逃げ込み、怒った天皇は翁丸に折檻を加えさせた上で島流しにするが、翁丸はボロボロになった姿で再び朝廷に舞い戻ってきて、人々はそのけなげさに涙し、天皇も深く感動した、という話である。ネコに位階を与えたのは、従五位下以上でなければ昇殿が許されないためであるとされ、「命婦おとど」の「命婦」には「五位以上の女官」という意味がある。≪wikipediaより≫

猫てかなり前からいたんですね
特に西洋では猫は崇拝されていたくらいの存在だったようです。
今ではペットとして飼われていますが、昔はそれ以上にすごい生き物だったんですね〜
ちなみにウチの猫はエバークリーンの猫砂を使っていますが、
容器が移動していることが多いので毎回元の位置に戻していますね、もう1匹の方はなんともないんですが、こっちの方が昔から誕生している猫なのに困ったものです(´・д・`)

ではみなさん次回また会いましょう、さようならー